2003.07.01更新

脳深部刺激術(DBS)の体験記のトップへ

よみがえった日々 by 西田純子

 発症34歳、罹病期間17年、現在の症状は振戦、すくみ足のため歩行困難となるがL-dopaにより著明改善をみる。姿勢反応障害により同じ姿勢をするのが辛くなり身の置き所がない痛さ辛さ出現。L-dopaによる副作用といわれているオンオフ現象、ジスキネジアにより日常生活に支障をきたし、主治医(国立療養所宇多野病院臨床研究部長・神経内科)久野貞子先生よりDBSを勧められて信じられない気持ちと自分のことは自分が一番知っていると言う気持ちとが交差しなかなか受け入れられませんでした。
 しかしそう言った思いも自然となくなるときがきたのです、2002年年末のことでした。そのような思いがストレスとなったのか強い振戦と固縮が襲います。
日毎に強く激しくなる振戦に恐怖感を感じるようになり、我慢出来なくなりとうとう主治医に連絡し入院を勧められました。私は発病以来、入院は嫌いと言い続けていましたが今度はやむなく受け入れなければと思う心境でした。
そして神経内科入院となり薬の調整でかなり良くなり新年明けに退院となりました。
 そのときの処方は限度を超えていることを言われ手術までの間のことと注意をうけていました。ネオドパストン(100mg)6錠、ペルマックス(250ug)5錠、カバサール(1mg)5錠、インデラル3錠、トリモール3錠、シンメトレル300mgです。

 しかし手術が怖くて限界を超えた薬でも症状が安定して来ると何とか逃げようと口実を見つけては(京都きづ川病院脳卒中神経疾患センター所長)武内先生にメールにてわがままをいいました。そのわがままにきちんと返事を下さる先生の最後のお言葉に我に返った気持ちになりました。「手術は手術の日になってもいやなもの、だれも喜んで受ける人はいないだろう。しかし退院の日にはよかったと思ってもらえるようにしてあげたい」というようなことをお聞きし、覚悟を決めたわけです。そして2月3日入院、2月7日手術の日となりました。
 手術はあさ8時半ころより2時から3時の予定で、局所麻酔で始まりました。昨夜からの眠剤がよく効いてほしいと祈るような気持ちでしたが、朝目が覚めるとはっきりしていてこれは困ったとおもいましたが、武内先生の励ましや立会いしてくださった岡田先生のお声を聞いて不思議と気持ちは落ち着きました。点滴の用意や手術への準備がされストレッチャーにのせられ手術室へ向かいました。
ここまできたらもう覚悟を決めてと思うのですが、いろいろの情報が頭の中を飛び交います。フレームを装着するときが痛いとか麻酔注射が飛び上がるほど痛かったとか・・
そうこう思っている間にフレームが装着されているような・・麻酔の注射かと思われる痛みがあったが意識は遠のいてしまってまったく間は覚えていません。どれくらいたったか武内先生の声が聞こえます。起こされているようでした。何か言ってごらんの声に何を言ったらいいのか必死で頭をめぐらし「武内先生ありがとう、久野先生ありがとう」と言ったような覚えがあります。たぶんずーと眠ってしまっていたようで時間もわからずでしたが「こちらの問いかけには応えていましたよ」とおっしゃってくださいましたが、その後も眠り続けていたようです。それほど痛みを伴わず終わったのでした。
 刺激をしただけでも効果があるようで左手の振戦がほとんどあらわれず、その分右手の振戦が強くなったようにおもいます。その後3日後に刺激装置を胸に埋め込まなければなりません。これは全身麻酔で行われるため夕食後から絶食です。やっと手術の準備が整ったのが午後3時ころだったと思います。
 手術室へ入ると麻酔の先生が「はい!ゆっくり眠くなりなりますよ」と酸素マスクに麻酔を入れられたようでそのままわからなくなってしまいました。
 気がつくと咳き込み夫がタンを拭きとってくれました。胸の痛みが伴い咳き込むのが辛く感じましたが、しっかり出すようにとの注意を受けて頑張って出しました。酸素マスクがされており少々邪魔に感じて手で払いのけたくなります。
 翌日の夜のこと、トイレへ行ったのですが気分が悪くて汗がドーッと出てパジャマがビチョビチョになるくらいの大汗でした。
ようやくベッドへ戻り検温してくださったのですが平熱とのことで、いろいろな検査をしてくださいましたが異常は見つからずでした。
吐き気で食べられず困りました。そのときは薬も飲めず動けないことへの不安感が増していくばかりでしたが、無理をしてでも食べるようにとの指示で頑張って食べました。
また治療のおかげでどうにか動けるようになり、それから2週間間を空けて今度は右側の手術です。
 右側は左側をしてから震えが強くなり夜はベッドがガタガタと音をたてます。
これではかなわないと思うようになりました。胸へ刺激装置の埋め込み手術も日を開けて朝一番にしてくださいましたので、この度は調子も良く抜糸後すぐに退院となりました。
 胸の刺激装置は2.5と2.8に設定されており右2.5にしてくださってすくみが取れました。
これは夜のトイレにいけることが何よりの喜びとなりました。
すくみ足が取れただけではなくあの辛さもない、振戦もジスキネジアもでなくなりました。
なによりうれしいのは2時間置きにどうしても忘れられなかった薬が減らせたことです。
いまはペルマックス4錠、L-dopa3錠で一日中調子がたもてているのですが、薬は減らしすぎると良くないとのこと、その日の状況によってはL-dopa 4錠にしたりして薬と刺激装置と生活リズムのバランスをかんがえて暮らしていこうとおもいます。
いろいろの注意事項を説明されてコントローラーを戴き、約束どおり良かったと思える状態で退院となりましたことはこの上ない感謝の気持ちです。
 入院中に出会ったさまざまな方々にも感謝です。
それぞれの思いと現実に直面しながら生きて行く事を教えてくださったこと忘れません。
私の素直になれない性格も影を潜めたのか性格が変わったといわれております。今はまだ動けぬことの苦しみを体が覚えているからボーとしているだけのようにも思えます。
自分の思いばかりにとらわれていることに気がつき、現実をしっかり見て行動しなければならないと思うようになりましたことは今回の手術の大きな成果だったように感じております。
またその後「ゆっくりゆっくり回復に向けてあまり神経質にならず刺激装置調整と薬の調整と生活リズムを整えてゆかねばならない」とのお言葉に今更ながらそうだと納得したわけです。
術後一ヶ月を迎えた頃、そろそろ家の中が気になりだして掃除をし、ついつい体が動くので調子に乗ってしまったようです。
そのときは良かったのですがそのあくる日からすくみ足がでて家の中の狭いところでは歩けなくなり振戦も大きくなり、このまま悪くなるのではないかと不安が襲います。
 そこで薬を一錠増やして様子をみることにしました。また睡眠時間も多くして体を休める工夫をしました。徐々に回復してきましたが、2日後に武内先生の外来へ行き刺激装置の調整をしていただきました。
刺激装置の調整後調子は保たれています。
その1週間後に繁華街へ出て観劇をして久々に阪急電車に一人で乗って帰ってきました。改札口を通るときにコントローラーを持参していなかったため不安でしたので自動改札口をとおらずに駅員さんに切符を渡しました。その後車の運転をし、家では家事もこなしました。
 DBS後P病が完治したわけではなく、P症状の主な苦痛から開放されたことは事実です。さほど日常生活に支障のない程度のいろいろの症状もあります。
字が小さく下手になったとか、声が小さいとか、胸の傷口がぴりぴりするとか、後ろへしりもちをつくなどがありますが、どれもリハビリで克服できそうなものばかりだと思います。
あのDBSを受ける前の辛さに比べたらどれほど楽になったかわかりません。
安定してくるのは6ヶ月から1年くらいとのことでした。
術後2ヶ月すぎると胸の傷跡のピリピリもさほど苦にならなくなってきましたが、いままでP病の症状としてあまり気にならなかった症状が表へでてきたように思います。(表1参照)
また術後発症とおもわれる症状の中にP病の症状とおもわれる症状が複数発現しているようにおもいます。いままでにも症状があったのかもわかりませんが他の症状が強くて気がつきにくかっただけかもわかりません。
そう考えると夜に手足の先がピクピクうごいたりするのがこの手術の後で発症したと思われる症状で電気刺激のいたずらのようです。
関節がだるくて落ち着かない感じはピクピク感とほぼ同時にでます。
また腕の痛みは長い間運動してなかったためか動けることに満足してしまってリハビリをしていなかったことが考えられます。
また更年期に入るであろう年齢になったことを頭に入れておかねばならないのではとおもいます。
【表1】
術前より継続している症状は△
術後より発症した症状は▲
▲動けるが元気がないと指摘される。
▲肩から腕にかけての痛み・・・腕立て伏せで軽快
▲字が小さくなった
▲声が小さくなった
▲手足の先が夜寝ているとピクピク動くときがある
  関節が(だるい、いらいら感様の感じ)
△ 唾液が口の中にたまる
△ 軽度の振戦、すくみ足かたまに時々あり
△しりもちをつきやすい
△バランスが取りにくく感じる・・体操
△足に軽度のむくみだるさ
△寒さに弱くなる
△切迫尿意・・リハビリ中
【表2 】改善した症状
ジスキネジア 手術後ほとんど出現しなくなった。
無動 クスリが切れたときでも全く動けないと言うことがなくなった。
寝返りが打てるようになった。
固縮 関節のこわばりが無くなった。筋肉の痛みが軽度になった。
強度の振戦 オフの時のひどいふるえが消えたが、軽いふるえは時にあり。
強度のすくみ足 すくみは完全には消失しないがかなり少なくなった。
姿勢保持障害 同じ姿勢を保持できない痛みと苦痛はなくなった。
ただしバランスを崩してしりもちを着くことがある。
オンオフ現象 突然切れたり効いたりというクスリの効果の不安定なことはなくなった。

なにはともあれあの辛い症状から開放された喜びは一塩です。
電気刺激と薬の関係についてどのようなバランスがいいのでしょうか。
今はアゴニスト3錠、L-dopa3錠ですが、効き目は今までのようにはっきりとわかりません。よく飲み忘れます。ドーパの体に及ぼす影響を考えると飲んでも飲まなくても変わりないのならのまなくてもいいのではと考えていますが、今までそれを実行したことはありません。アゴニストだけを増やしてはどうか?など検討しなければわかりません。
しかしP症状が出ていること考慮してこれ以上進行させないためにはどうすればよいかと考えずにはいられません。以上のような2ヶ月目を迎えられたのも症状が安定してきたからだと思います。
なれてきたころにコントローラーにより起こった出来事。
足のピクピクが睡眠の邪魔になるから電圧を切ってみようと久しぶりに切りました。しばらくすると振戦が出始め歩けなくなってきました。刺激装置をオンにいれても反応なし、なぜか入らないのです。あの嫌な辛さを思い出す症状が次々とでてきました。
今まで徐々に起こってきた症状だから我慢ができたのだと悟りました。起こりつつある症状がどれもこれも忘れかけていた症状ばかりでした。もうパニックになるくらいショックは大きかったです。
不安な一夜をすごし朝ハンドブックをもう一度見直すべくガタガタふるえながらみていると別の部屋でやってみるといいとか?
今までとは違う部屋でオンにしたらピーと鳴ってオンになりました。いままでパソコンのある部屋だったのがよくなかったのでしょうか?
磁場の怖さを知った思いです。
そして刺激装置のありがたさを再認識したのでした。
これからもはじめてのできごとがおこるでしょう。
いままでにDBSを受けた方これから受けようとする方々とのコミニュケーションを取り合って情報交換できたらいいなとおもうこのごろです。
刺激装置に頼りすぎて薬を減らしすぎても良くないし、あまり無理をしても良い結果がでないこと、規則正しい生活をこころがけてP病が完治したわけではないということ数年前に戻ったという言い方がそのとおりだとおもいます。
 辛かった諸症状が軽減されるとそのことを忘れて今のことばかり目がいきますが、どうしたらいいかわからなくなったときに適切な判断と治療をしてくださいました久野先生、武内先生、岡田先生、励ましてくださいました方々に心よりお礼申し上げます。

2003.06.02up

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