2005.4.16up

若年性パーキンソン病患者の生き方−職業

   私は37才男性で4年前にパ病と診断されました。その後結婚、長女を授かり、なんとか仕事を続けていましたが、病気の進行と仕事の質と量が伴わず、退職になりました。現在は、傷病手当てと妻の働きで生計をたてていますが、まだ働いて家族を養いたい。現在、ヤールのステージ・身体障害手帳2級です。他の若年パーキンソン病の方で仕事を続けられている方の例など御存じの方があれば、話を伺いたいのですが。 (w)

私は40才、パーキンソン病と診察されて4年目です。 主治医からは、手術を勧められていますがまだ判断が付きかねています。現在は1日当たりネオドパストン3錠シンメトレル2錠カバサール1錠まで減らしています。私の場合、勤めて19年目ですが、この病気と判ってから、いわゆる閑職についています。この病気をよくわからない上司からは、病気が治れば再び第一線に復帰させると言ってくれていますが、おそらく、無いと思っています。閑職と言ってもやはり仕事に支障はあります。今年に入ってから、車の運転が困難になり、打ち合わせ中にまぶたが重たくなることもしばしばです。職場には、目をつぶっている時も意識は明瞭なので、気にせず話を続けてほしい、しゃべり方が明瞭でないときは遠慮せずに聞き直してほしいとお願いしています。私の場合、病気のことは隠さなくてよい職場環境にあるので恵まれていると感じています。又、仕事を通じてご家族がこの病気である方数名に知り合え、地域の他病院の情報を得ることもできました。又、仕事の上で字を書くことが多いのですが、右半身に病気の影響が強く出でいる為、極力パソコンで処理するようにしています。ただ手書きの書類も多いため、家に帰ってから毎日800字程度の文章を書くトレーニングを続けています。これを初めてから意味不明な文字や極端に小さな文字を書くことが少なくなりました。 (七)

私は若年性ではありませんが、おなじく罹患4年目です。五九歳になったばかりです。自宅で仕事が出来ることもあって、今も仕事は続けています。症状は、左腕の激しい震戦を主症状とする左半身の震えです。右利きなので、キーボードや筆記には多少の困難は伴うものの何とかこなしています。
とは言え、両手の使えていた頃に比ぶべくもなく、能率のわるさを時間でカバーすることになり、労働時間の加重は身体に応えます。病状の進行はそれほど速くは無いと思います。薬は主治医と相談しながらできるだけ少なくしてもらっています。若年性で仕事をしておられる方も、このサイトの運営者に何人かいらっしゃるのでコメントがいただけるものと期待しています。患者同士自立自活の生活が出来るような、生活支援センターを作りたいものです。少し研究中です。(s)

32歳でp病と宣告され、現在42歳10年目になります。この病気の為、4年前にリストラされ、現在、印刷会社で、内校(文字チェック)のパートをしています。10:00〜16:00の5時間(昼休1時間)です。先月まで忙しくて、70〜80時間残業をしていました。ドーパの効きが悪く、2時間位で切れてECドパールを一日6錠(医師の処方は5錠)飲んで何とか仕事が続けられています。症状は、無動・右足の振戦(字が書けない位)・オフになると右手が動かなくなります。右に姿勢が傾くと修正するのに一苦労します。また、P病独特の前傾姿勢になり、腰が痛くなります。仕事でパソコンのマウスを使わなくてわならないので、その時は、大変です、右利きなので左の手で右手を支えながら背中に汗をビッショリになりながらやっています。中二と小五の二人の子供がいます。この子らが独立するまではと、歯を食いしばり働いています。一日薬は、カバサール3錠・ECドーパ5錠・アーテン2錠・シンメトレル2錠・ドプス2カプセルです。ドーパの効きを5〜6時間に長くする、COMT阻害薬の治験始まっているそうです。早く厚生省承認降りることを期待します。10年目ですが意外と病気の進行は、遅いようです。『生活支援センターを作りたいものです。少し研究中です。』期待しています。 (m)

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