2006年10月 の投稿ログ


2650.入院から退院まで過ごしてみて感じた事  
名前:KK    日付:2006年10月7日(土) 16時18分
私は、若年性パーキンソン病です。つい先程まで総合病院に入院していました。まず昨年、総合病院(神経内科で)に若年性パーキンソン病と診断されてドーパミンの薬(ネオドパゾール、カバサール)などを服用していましたが、ある日だんだん眠れなくなり精神科にもかかりテトラミドを3錠のむようになり眠れるようになりました。神経内科で受診しているときネオドパゾール、カバサールなどの薬を減らしたらどうかといわれてK病院を紹介されて私の年齢では今の薬の量では多すぎると言われ、まず、カバサールを朝、晩で一日2づつを服用していましたが半錠づつ減らしていきようすを診ていましたがだんだんと具合がわるくなってしまいました。結果、他の薬テトラミドなども減らしましたが、悪くなる一方で結局、減らした薬を元に戻せば最低でも元に戻るかとおもったのですが、約一ヶ月k病院に入院したのですが、逆に悪くなってしまいました。結局は限界を感じ退院して家に帰ったのですが、さらに悪くなり結局は救急車で総合病院の神経内科に行き、新しいドーパミンの薬Bと言う薬を服用したのですが、はじめは良いようでしたがだんだん幻覚みたいな表情になったらしく(本人はわかってない)Bの薬とカバサールまで止めさせられました。(総合病院は約三ヶ月の入院)その後少し良くなったらしくリハビリ病院に転院させられました。そこで約二ヶ月の入院の訓練と、カバサールを元に戻して退院しました。その後、普通に過ごしていましたが、また、ひどい幻覚になったらしく病院へ通院後、緊急入院させられました。自分でははっきりわからなかったのですが、カバサールが原因らしく全て止めさせられました。その後まだ幻覚が良くならず(今思えば昨年の総合病院、リハビリ病院から幻覚症状があったようです。)ついには幻覚から自殺未遂まで起こしてしまい、ついには、精神科に移されてしまいました。幻覚の内容は、誰かが私の悪口など現実にはないことが聞こえたり、私の心の中が全て読まれているような錯覚を覚えたようです。精神科で電気治療(本人は寝ているのでどんな治療かはわからない)を行い、また薬もセロクエルという薬などいろいろ増やしたようで、だんだん幻覚は改善されました。いまもまだパーキンソン病が直ったわけではありませんが、本日まで約四ヶ月(神経内科、精神科)で治療していただいた事で、幻覚が直り人を信用できるようになったことはこの四ヶ月で出会った人たちに感謝しています。これから、新薬(または、新しい治療法)ができパーキンソン病が、完治できるような病気になれる事を祈って頑張って生きて生きたいと思います。



2651.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:    日付:2006年10月7日(土) 17時31分
退院おめでとうございます。かなり、紆余曲折したようですが、最終的に直ってよかったですね。この状態をずっと維持できれば良いですね。


2675.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:きき    日付:2006年10月17日(火) 22時28分
その後調子はいかがですか?電気治療はどうでした?効果はありましたか? うちも 幻聴がひどくて入院しました。 いったんは止んだのですが またでてきました。いま のんでいらっしゃる薬を教えてください。


2676.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:KK    日付:2006年10月18日(水) 8時14分
ききさんも幻聴がひどいのですか?あれはなってみないとわかりませんね。今は、幻聴もなく前よりはだいぶ良いようです。電気治療は、私にはだいぶ、効果があったようです。今は薬で調整しています。夜中は体が硬くなり、家族に迷惑かけています。今飲んでいる薬は、ネオドパゾールからはじまって、睡眠薬などたくさなります。必要なら教えますが、幻聴だけ(人の悪口が聞こえる)のを改善する薬ならセロクエルという名前の薬だと思います。医者が言ってましたから・・・


2686.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:きき    日付:2006年10月21日(土) 0時47分
主人にはセロクエルはあまり効きませんでした。最後の電気治療はいつでしたか?それ以降 幻聴はでてませんか?


2687.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:KK    日付:2006年10月21日(土) 7時56分
そうでしたか?また医者と相談して下さい。私にできることは体験談しかできませんが、なんでも聞いてください。最後の電気治療は10月4日です。私がはじめたのが7月の終わりでした。電気治療をすると記憶がなくなるといううか忘れてしまうんですよ。当時のこともところどころ忘れていましたが、現在はだいたい思い出しました。幻覚も幻聴も今は全くといって良いほどないです。ただ、以前のことで、人から聞いたことと、自分の記憶とは違っています。全く反対のこともあるので、そうとう当時はひどい幻聴でした。


2694.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:きき    日付:2006年10月22日(日) 22時50分
うちも電気治療をすすめられましたが 記憶がなくなることがあるとききやりませんでした。電気治療は身体の動きにもいいとききましたがどうでしたか? うちは ペルマックスが幻聴の原因でしたのですべてやめました。そしてペルマックスから カバサールにかえメネシットは そのまま。でも これでは 起き上がれないので以前の半分のアーテンをたし ようやく 幻聴もなくなり 身体も動けるようになり退院しました。ECTもDBSもやらずに ここまでこれたと満足でした。
しかし 仕事をするには ちょっと物足りないとアーテンを1錠 カバサールを1錠たしたところ また幻聴が聴こえてくるようになりました。あわてて足した分 減らしたけれど よくならず アーテンをすべて やめることとなりました。現在 飲まれているお薬の量を教えてください。


2695.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:ハナミズキ    日付:2006年10月23日(月) 0時35分
 突然ん失礼いたします。良く分かりませんが、私も、ペルマックス250ug錠を使い出した頃から、精神症状が出初め、今から思うと会社に行っても、誠おかしな事ばかりしていました。結局、約50日間入院して薬を抜き、退院後も自宅療養となりました。 
このときアゴニストはペルマックスとカバサールだったのを、ドミンとカバサールのペアーに変えました。
期待通りドミンは、精神症状を和らげてくれましたが、大きな欠点がありました。物凄い睡魔におそわれるのです。座ったら寝ていました。
そこで、「ドミンに良く似たタイプの薬で眠気のもう少しこないものは無いでしょうか」と先生に会うたびに要望していたら、ある日先生が「今度、ドミン的で眠気もましなのが、日本で使えるようになったから」と思わぬ吉報。それから、しばっらくして使い始めたのがビシーフロール。
これは、将に救世主でした。私の場合副作用の出やすいタイプなので、0.5mは使っていません0,125mを1日5錠飲んでいます。カバサールは、1日2錠。勿論、Lドパーも飲んでいますが、これも1日4で打ち止めです。
あと、この1年と言うかごく最近自分が変わってきたのは物の捕らえ方と言うか、むきにならない、必死にら無い。頑張り過い・・・・・・・これくらいですかね。  


2696.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:ハナミズキ    日付:2006年10月23日(月) 0時40分
失礼しました。最後の行は、「むきにならない、必死にならない、頑張り過ぎない」です。


2698.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:777    日付:2006年10月23日(月) 13時35分
 私も、KKさんと同じような精神症状で同じ頃(6〜9月)に入院してました。結局はドーパ以外の薬を全部断って症状が治まりました。推定するに、私の場合はカバサールが原因だと思っています。
 退院後に、若年男性の精神症状が似たようなものだという事を知りました。よって、今後再び精神症状が出ても、自分としては冷静に対処できるつもりではいるので、普通に動けた以前のレベルまでの増薬を請願しているのですが、医者にも家族にも却下されています。まだしばらくは、不自由体と、試行錯誤しながらの休暇が楽しめそうです。


2699.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:トマト鉄道    日付:2006年10月24日(火) 8時28分
入院生活、お疲れ様でした。
僕も、投薬の調整入院を、100日間居ましたが、入院当初は気分が不安定が出て、夜中にうなされたり、幻聴、幻覚・・・といった発作が起こり苦しいものでした。
それは長続きせず、同室の人や同じパーキンソンで入院している人や他の病気で入院していた患者さんたちと、ゲームやトランプを通じて病棟全員と知り合いになり、よく談話室でパーキンソン病について、老若男女集まって薬や症状について、いろいろな情報交換などをかなり話し合いました。
また、病棟で音楽慰安会やったりして暗い病棟が明るくなったと、医師や看護士さんからも好評でした。
こういった事は病棟での閉鎖社会では珍しく患者同志で知り合いになると言う事は、ありえないことです。
とくに男性は全員当初、無愛想で挨拶しても知らん顔か、無視されましたが、結果的に話できました。
退院してからも、入院中の仲間たちと今でも、文通・メールなどしています。


2700.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:新たな自分    日付:2006年10月24日(火) 8時52分
みなさん、雨降ってますか?気持ち的に気分は暗い私。今日も動ける時に家事をやちゃいましょう。


2701.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:gori    日付:2006年10月24日(火) 17時3分
千葉は雨はあがっていますが外の温度は11度しかありません。急激に冷え込んでいます。
ところが西の方では半袖を着ているとか?日本、いや世界は広い、いろいろな意見お聞かせください。


2702.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:KK    日付:2006年10月24日(火) 17時4分
私のおもに飲んでる薬は、まず第一にネオドパゾールです。(違う病院に入院していたときは、マドパーを飲んでました。)この薬がないと、まず、歩行困難がおきて、自分では何をするにも困難です。ちなみに、今は薬が切れています。電気治療をやってから切れていても何とか変な歩き方ですが、少しは歩けますしちょっとしたことでも辛くても遅くてもできる様になりました。夜中は、ネオドパゾールが切れてるのでほとんど歩けません。他の薬は、セロクエルを夕食後に2錠、寝る前に1錠
飲んでいます。他にはテトラミド、ロシプノールなど眠剤をのんでいます。後は、夜中に起きたとき家族に迷惑かけてますが、リボトリール、セルシンなど飲ませてもらってます。私が幻覚、幻聴をおこした原因に、自分では良く効いていたと思っていたのですが、ビシフノールを飲んでいたときはそうとうひどかったそうです。後は、カバサールはもっとひどかったそうです。ペルマックス、ドプスはあまり効果がなかったようです。今はおかげさまで、幻覚も幻聴もありません。調子のいいときだけですが、車も運転できます。できれば、オートバイも運転したいのですが、これは危なくて無理そうですが、なんとか、医療の発展を期待して、完治できるようになりたいです。


2704.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:きき    日付:2006年10月25日(水) 1時26分
カバサールはじめる人あり、止める人あり、ビシフロールあう人あり、あわない人あり。薬はそれぞれだとわかっているけど聞いてみたいものです。アゴニストをペアで使うというのは はじめて聞きました。参考になりました。カバサールに変えて 朝、起きたときから身体が動きやすくなり、薬も30分で効いて来ます。ペルマックスは50分から1時間かかっていました。でも ペルマックスのほうが 4.5時間くらい薬がききます。2時間では 短いです。アーテンをやめたので 寝たきり状態。幻聴も聴こえており 最悪です。ペルマックス7錠だから 幻聴が起きていたと思われますが、いまは、どの薬も維持量以下 (カバサール1,25  メネシット5錠  ワイパックス3錠)なのに どうして幻聴がおきるんでしょうか? 


2705.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:ハナミズキ    日付:2006年10月25日(水) 17時44分
参考にならないかも知れませんが,Lドパー剤とアゴニストは、いわゆる野球で言うところのバッテリーのようなものだと思います。普通バッテリーと言うのは、直球であれカーブであれ、投手はキャッチャーの取り易いところ(サイン通り)に投げること。キャッチャーは投手のリズムと性格を考慮してリードすること。が、要求されると思います。薬の投与もそんな感じが、良いのではないでしょうか。
では、そんな上手く出来る、投球術はどうして習得するのでしょう。1つは相性が考えられます。訓練、トレーニングも必要。特に、下半身の強化は大切。 
話を置き換えると、薬の調節とリハビリの利用となるのでしょうか?特に、歩くと言うこと?
また、最大のポイントは、コンディションと精神状態ではないでしょうか。投手は、連投を避ける。肩を冷やさない。何より、睡眠をとること。キャッチャーも、常に気を配らなければいけないので、まずは寝る事。
薬の聞き具合は、コンディションで大きく変わる気がします。具体的には、快眠、快食?(適食)、程よく汗をかくことなどのベースを作る事と思うのですが。言っている私は、出来ていませんので、偉そうなことはいえませんが・・・?実は寝られないと言うより、寝ようとしないという感じなのです。これは、薬のせいにする前に、習慣を作る努力がいるうな気がします。リハビリの一種でしょうか?睡眠は、脳内物質のバランスに物凄く関係すると思います。理想論??・??・??


2706.皆さんはどうですか。
名前:Hideki    日付:2006年10月25日(水) 20時0分
 私も睡眠が薬の効き具合、体調にたいへん重要だと体験しています。
しかし、熟睡ができません。原因は腰痛とアキレス腱の痛みです。

 寝返りをうつのが一苦労、同じ状態で寝ているためだと思います。
また、日中の姿勢が猫背と右側に曲がる状態であり、正しい姿勢でないこと
も原因だとおもいます。起きてすこしストレッチをすると少し楽になります。

 ジスキネジアで足の筋肉が硬直しアキレス腱のところが慢性的に膨らんで
おり痛みます。動かないでいるとよけいに硬くなって痛むので、ゆっくり
ストレッチしてから何とか動きだします。

 熟睡したいのですが、夜少なくても3〜5回は起きてしまいます。

 立ったまま眠れる方法などないかな。


2710.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:gori    日付:2006年10月28日(土) 16時18分
立ったまま眠ること、やっていました。
私がまだ会社に勤めていたころのことです。
仕事が溜まりがちになり、帰宅するのが深夜になっていました。
そのため睡眠時間が不足して朝の通勤電車でつり革にぶら下がりながら40分間ほど眠るのが習慣になっていました。
私にとっては貴重な睡眠時間でした。
人間は極限状態では想像もつかないことができるものです。
これは私の特技になるとその当時は思っていたものです。
自分では眠りこけてしまいますので周囲の人達に迷惑はかけていないと思っていました。
しかし周囲の人々は私が眠りこけることをよく知って、きっと我慢していたのです。
満員電車ですから倒れこむことはなくても身体の体重を横の人にあずけたり、他人の足を踏んだままだったり、よだれを落としたりしていたようです。
立ったまま眠ることはあまりいいことではありません、横になったほうが善いですよ。


2711.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:gori    日付:2006年10月28日(土) 19時26分
下(2710)で書いた立ったままの睡眠に表現が少しオーバーなところがあります。眠りこけるといっても熟睡できるわけではありません。浅い眠りです。
今考えると、この病気を背負いながら働くことが出来たのは多くの人達の目に見えない支援があったことに気づきます。


2715.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:Hideki    日付:2006年10月29日(日) 15時58分
今は敷布団一枚です。クッションは使っていません。すぐ立ち上がれるように
安楽椅子はどうかなと考えています。使っている方いませんか。


2716.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:たんぽぽ    日付:2006年10月29日(日) 21時2分
ただ今、リハビリ入院中のたんぽぽです。体の歪み、すくみなど短期改善を目的に理学療法を受けています。私の担当の先生も鈴木俊明教授の指導を受けながらのリハビリです。入院予定は二週間午前中一時間、午後一時間みっちりやっています。成果のほうは又お知らせします。


2723.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:いまじん    日付:2006年10月31日(火) 2時21分
パーキンソン病であること、それを黙っていた為に、入院の時に、おおもめになりました。皆さんパーキンソン病のことは、言いましょう。ちなみに、僕は、ロキソニンで、スチーブンスジョンソン症候群で、死に掛けました。椎間板ヘルニアの、治療薬です。又、キンチョールと、アースノーマットでも、喉を痛めました。化学物質過敏性です。どうだ、まいったか、コノヤロー


2725.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:gori    日付:2006年10月31日(火) 9時14分
いまじんさん おはようございます。
この掲示板はP病でくるしむ人々がよりよい生活を求めて皆さんの意見や体験談を語り合うところです。皆、死ぬほど、いやそれ以上の苦しんでいます。
ここはそういうことを自慢するところではありません。
また乱暴な言葉遣いはおやめくださるようお願いします。
お互いに見えないもの同士ですが「いたわりの心」をつねにお忘れなきようお願いします。(掲示板管理人)


2726.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:KK    日付:2006年10月31日(火) 11時57分
私は、いろんな薬を飲んでいますが、いきなり寝てしまうことはありません。今、飲んでいる薬の、注意書きを読むと、眠くなるので、機械作業等の仕事に注意してください。と書いてあります。いろんな薬に眠くなる成分が入っているんですね。夜飲む眠剤とは、違って、飲んだから、すぐ眠くなるわけではなく、人それぞれで、私みたいに、昼間は眠くならない人もいます。しかし、HIDEKIさんが書いているように、夜の、睡眠はとても大事です。私も、何度も起きては薬を飲ませてもらってます。起きる回数が減れば、それだけ、家族の負担が減るので助かります。私の場合、昼間は何とか、悪いながらも動けますが、夜の薬が効いてから、きれるまで、いきなり動けなくなります。なぜでしょうか?皆さんは、こういう経験はありますか?夜寝て起きたときもあり、ろれつが、まわらず、言語障害みたいにもなります。この病気の特徴でしょうか?


2727.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:gori    日付:2006年10月31日(火) 20時58分
kkさん いきなり動けなくなったり言葉がはっきりしなくなるのは薬が切れているのではないでしょうか?
私はよくあります。
私は健康な人と同じような状態から急転してまったく動けなくなることがあります。
このときはドーパ剤が切れたときに少しでも動けるようにアゴニストを増量すればまったく動けないことは防げると思います。
どうしてもすぐに動きたいときはドーパ剤を飲めばよいと思います。
自分の薬の効能をよく知ることが大事です。
ところでこのような薬の飲み方は主治医と相談し自己管理が出来るようにすることが前提です。
薬にコントロールされるのではなく自分の身体に合わせて薬を補充するようにしたらよいと思います。。
私がこの病気と長く付き合うためにはどうしても必要なことでした。

また現在では私はドーパ剤は多いときの半分で暮らしています。
ジスキネジアよりも動けないほうが身体がらくだからです。
ドーパ剤は人をスーパーマンのようにもし、止めようのないジスキネジアの世界にも誘います。
もし主治医が薬を少なめに処方されているならば、それは主治医のあなたににたいする愛情であると思います


2729.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:KK    日付:2006年11月1日(水) 14時20分
goriさんありがとうございます。アゴニストとジスキネジアってなんですか?すいません、パーキンソンの用語は、いろいろあって難しいです。
薬の名前を覚えるのも一苦労で、まだ覚えきれません。


2734.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:gori    日付:2006年11月2日(木) 16時45分
パーキンソン病の用語はなかなか難しいですね。私も長い間、薬の効能は知りませんでした。もし今のように知っていたら私の人生も変わっていたことでしょう。
薬が効かないからといって次々に飲み足しジスキネジアを起こしていました。私の意識とは関係なく足が勝手に動き、職場の机やイスはボンボン「蹴り」が入れられ真っ黒になっていました。またイスに座っていても身体がクニャクニャ動くため、イスからずり落ちたりしていました。もし混んだ電車などにのっていたらドーナツの空間が出来ます。輪の中心に私がいて私の周りには私の身体のゆれを避けるため隙間ができるのです。
このようにジスキネジアとは薬の量が多すぎて身体が勝手に動くことを言います。
個人差がありますが私のこの状態は他人に危害を加えたりします。コンピューターなどのケーブルや電源などたびたび引き抜き迷惑をかけたものです。

薬はLドーパがドーパミンとして吸収され直接聞くものの他、アゴニスト(ペルマックス、カバサール、ビ・シフロールなど)のように受容体に作用するものがあります。詳しくは下記URLを参照してください。

http://www.h2.dion.ne.jp/~park/index1/i1012hyo.html


2742.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:KK    日付:2006年11月4日(土) 15時49分
goriさん、詳しい説明ありがとうございます。これから、もっと、勉強して覚えなければいけないですね。
ところで、前回、病院に行ったときに、主治医に、私の病名を教えてください、と問い合わせたところ、「若年性パーキンソンニズム」と、いわれました。「若年性パーキンソンニズム」とは、パーキンソンに似た、類似した、症状だといわれています。しかし、主治医は、「若年性パーキンソン症候群」とは、また、違うといわれましたが、どう違うかは説明が難しくて、よく理解できませんでした。
以前、違う病院で私の勘違いかもしれませんが、ニズムと症候群は同じ意味で、パーキンソンに似た,近い症状だと、聞かされました。
そして、パーキンソンは症状が進み、現在の医学では、治らない病気と言われていますが、パーキンソンニズムは完治できると、言いました。
どなたか、ニズムと症候群の違いと、パーキンソンニズムは完治できると、聞いたことがありませんか?
また、パーキンソンニズムとパーキンソンの見分け方も難しいと言いました。


2743.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:いまじん    日付:2006年11月4日(土) 21時39分
先日は、失礼しました。薬切れ大変です。パーキンソン病にしても、いろいろあります。後で、返事ください。


2748.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:きき    日付:2006年11月5日(日) 0時32分
幻聴で入院されていたかたがた その後調子はいかがですか?
うちはアーテンやめてもなくならずどうしようかというところです。はためには ひどくはないのですが 少し聴こえているようです。2回の幻聴を見て分析しました。

第一段階 ときどき聴こえる。
第二段階 1日中きこえる。
第三段階 声の主を探して 窓やドアをあける。
第四段階 聴こえてきたきた内容や おこった出来事から話をつくりあげる。
第五段階 すべて幻聴に支配される。それのみが現実だと考える。

今回は 第四段階までいきましたが なんとか第一段階まで戻しました。幻聴はゼロにはならないといってますが いかがでしょうか。幻聴はそのすべてが 誹謗中傷といってもいいようです。それがおきぬけに 耳元から聞こえてくるわけですから おかしくならないほうが おかしいといってもいいでしょう。しかし 内容によっては幻聴と同居できるかもしれません。少しでも励ましてくれたり どんなに救われるか。


2750.パーキンソニズム
名前:sophia    日付:2006年11月6日(月) 16時12分
KKさんへ
パーキンソニズムとは
1.安静時振戦
2.筋固縮
3.無動
4.姿勢・歩行障害
のうちの2つ以上の症状を有する場合に用いられる言葉でパーキンソン症候群と同じと考えてよいかと思います。

パーキンソニズムを呈する疾患は
1.特発性パーキンソニズム
 ・パーキンソン病
 ・若年性パーキンソニズム
2.症候性パーキンソニズム
 ・脳血管性パーキンソニズム
 ・薬剤性
 ・脳炎後
 ・外傷性
 ・脳腫瘍による
 ・正常圧水頭症
3.脳変性・代謝疾患におけるパーキンソニズム
 ・進行性核上性麻痺
 ・びまん性レビー小体病
 ・多系統萎縮症
 ・大脳基底核変性症
 ・その他
というふうに分けられます。
3.の変性疾患によるパーキンソニズムをparkinson plusと呼ぶこともあります。

症候性パーキンソニズムは原因となるものがあって起こるので、その原因が取り去られれば治る可能性があります。

脳変性疾患によるパーキンソニズムはパーキンソン病治療薬が効かないことが多く、また進行が早い場合もあってパーキンソン病よりも大変だと思います。

パーキンソン病とパーキンソニズムの鑑別は
自覚症状、他覚的神経所見、検査所見などのほか抗パーキンソン病薬の効果などを総合的に判断するとのことです。

本来パーキンソン病は原因不明で主に60歳代に発症するのに対し、40歳以下で発症する若年性の場合には遺伝によるものが多く、この場合には遺伝子に原因があるので原因不明ではなく、また薬に対する反応や進行の具合も本来のパーキンソン病とは違うので若年性パーキンソニズムと呼ばれます。
しかし40歳以前に発病した人のなかにも遺伝子が関与していない場合もあり、それは本来のパーキンソン病がたまたま若いうちに発病しただけで「若年性パーキンソン病」と呼んだほうがいいような場合もあります。
今後遺伝子検査によって「若年性パーキンソニズム」か「若年性パーキンソン病」かを区別するような時代が近いかもしれません。

http://www.geocities.jp/applereaderpage/iryou/new/pdlike.htm

http://www.h2.dion.ne.jp/~park/index1/i1006shojyo.html

http://www.h2.dion.ne.jp/~park/index1/i1008pd.html


2751.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:わン    日付:2006年11月11日(土) 11時59分
ということは、遺伝性のパーキンソン病は、パーキンソン病ではないことになってしまい、とってもconfusing。


2752.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:KK    日付:2006年11月12日(日) 10時7分
sophia さん こんなに、丁寧にありがとうございます。
知らなかったことが、たくさんありました。
また、勉強になりました。
私が、一番、今、辛いことは今朝もそうですが、明け方ネオドパゾールを飲んだのですが、効きが悪くて歩くのもやっとでした。
それで、ベッドから、こたつに、行ってできるだけネオドパゾールを遅らせようと、寝転んでいたらだんだん身体が硬くなり、ほとんど動けなくなってしまいました。
動こうと思っても若干動ける程度で、起き上がることができませんでした。
そばには、家族も私の看病で疲れて寝ているので、大声をださず何とか起きようと一生懸命でした。途中、死にたいくらいの苦しみで何度も、もうだめだと思いましたが、(文章では、苦しみの度合いがわかりませんが)なんとか、30分くらい苦しんだと思いますが、起き上がることができネオドパゾールを飲みました。
いま、一番の苦しみは、この身体がおもりのように動かなくなることです。
ドーパミンでしか、この苦しみは、なくならないのでしょうか?
何かいい方法はないですか?


2754.わんさんへ
名前:sophia    日付:2006年11月12日(日) 13時51分
弧発性のパーキンソン病も遺伝子検査が進むと遺伝子の異常が見つかる可能性は十分にあります。
となるとパーキンソン病を「原因不明の難病」と呼べなくなる可能性もあるかもしれませんね。現在のところ本来の老人発症のパーキンソン病では遺伝の関与はすくなく3%以下だろうといわれています。

パーキンソン病の定義自体が変わってくるかもしれない??
ほんとにconfusingです。


2755.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:ゆうゆう    日付:2006年11月16日(木) 11時26分
KKさん
始めまして。私はPD病12年目のベテラン?患者です。(20年、30年、40年の人からみると中堅くらいかな)
薬が効かないと本当に辛いですね。私もウェアリング・オフやオン・オフ現象に悩まされています。最近オンとオフの差が酷くなりました。

切れると突い然動けなくなります。右手は激しく振るえます。全身もガクガク振るえ動くことが出来ません。やっと立って足を出そうとするとガクガクが酷くなります。頭から足先まで痺れあちこち痛いです。身体がおもりのようになります。無理に歩こうとするとツッツッツッ・・・と突進歩行になってしまいます。

おもりのようになった身体をどうにかしようと、悪戦苦闘しますがどうにもなりません。脂汗は出る、身体は全身痛みと痺れ振るえます。
最近、このような状態に陥ることが多くなりました。本当に辛いです。いつまで続くぬかるみぞ!もう頑張らなくてもいいでしょう?と心の中で呟きます。

自らこの辛い状態に終止符をうちたくなります。でも生きたくても生きられない人もいるし、子供や母の事を考えるとそれも・・・。こうなれば開き直るしかないと思っています。薬が効かない時は焦らないでじっと待つようにしています。「いつまでも続かない。そのうちどうにかなるだろう」と。(しかし、トイレに行きたくなったらもう悲惨です。効いている時に少しでも排泄するようにしています。)

頑張れとは言いません。焦らないで開き直ると少しは気持ちが楽になるかも知れません。同じような経験をされて辛い日々を送っているKKさん。他人事と思えずえらそうなことを書きましたが、開き直れない時もあります。


2758.Re: 入院から退院まで過ごしてみて感じた事
名前:KK    日付:2006年11月22日(水) 9時33分
ゆうゆう さん
ゆうゆうさんに比べたら、まだまだ私のほうが、辛い経験も少ないでしょうが、あの薬の切れて体が固まり、自由にならない経験をしていると、自ら、終止符を打ちたくなるのは毎日思ってしまいます。薬が切れても、まだ悪いなりにも動けるときは、いいのですが一日のうちで数回薬の効きが悪すぎて非常に辛いです。
毎日、同じ薬を飲んでもその日によって、効きがいい日と悪い日があり、食事もまだ薬が効ききらないうちに、食べて辛くて食べたきがしないときもあり、食べ終わる頃、効いてきたりします。
確かに、トイレも薬が切れたときに、行くのは非常に辛くできるだけ我慢して、調子のいいときに済ませるようにしていますがそうもいかないときもあります。
焦らずにすごせたら、いいのですがなかなか思うようにはいきませんが、私はまだあきらめたくありません。
いまも、薬が切れてキーボードを打つのも辛くなってきましたが、この辛い時間をどうすごすか、頑張って生きていくしかないのかもしれませんね。
日がたつにつれて悪くなっていくような気がしますが、いつの日か治る日を信じて生き抜くしかないかも知れません。
ゆうゆう さん、ありがとございました。
他の方も、私と同じような経験をなさっている方がいるかと思いますが、良かったら聞かせてください。


2760.いつも思う事
名前:新たな自分    日付:2006年11月23日(木) 5時8分
本当にいつか治る日信じて生き抜くしかないんだよね


2762.他の病気になってしまいました。
名前:いわし    日付:2006年11月23日(木) 15時1分
足に(右足)深層静脈血栓症という病気になりました。簡単に言うとエコノミー症候群になりやすくなる病気です。静脈の中に血栓ができやすくなる病気です。それ(血栓ができにくくする薬)を飲み続けなければなりません。ワーファリンという薬です。血液をさらさらにする薬です。でもその薬を飲んでいる間は、血が止まりにくくなるという副作用があります。毎回受診ごとに血液検査をして血栓ができていないかということを調べなければならない。手術をするにもすぐにはやれないしエコノミー症候群にならないともいえないのです。命を懸けてまでする手術なのかということを考えてみてくださいといわれてきています。(ソケイヘルニアになっているため)そこまでいわれると考えてしまう。パーキンソン病になるは、ソケイヘルニアになるは、深層静脈血栓症になるは、それに伴って皮膚病(潰瘍が足の裏にできた)ために入院はするは、といくつもの病気が私を襲ってきている。いつになったらよくなるのだろうか。いつでも減ってくれればいいのだが。でもぐちを言っても仕方がないのでがんばるしかないね。ファイト!!

2667.日経新聞10/13遺伝子治療について  
名前:    日付:2006年10月15日(日) 1時53分
10/13日の記事です。遺伝子治療の臨床研究承認とありました。厚労省は、自治医大病院が申請していた国内初のパ病の遺伝子治療の臨床研究計画を承認した。来春をめどに進行し、既存薬が効かなくなった患者向けに実施する予定。だそうです。



2668.Re: 日経新聞10/13遺伝子治療について
名前:これですね    日付:2006年10月15日(日) 15時37分
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20061013ik04.htm


2669.Re: 日経新聞10/13遺伝子治療について
名前:ETパパ    日付:2006年10月16日(月) 9時56分
下記アドレスは労働厚生省の議事録です。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/08/s0804-5.html

ここから計画内容を見ますと、臨床は10年間で6例となって
います。
10年間でわずか6例とは気の遠くなる思いがします。


2759.Re: 日経新聞10/13遺伝子治療について
名前:gori    日付:2006年11月22日(水) 14時44分
あらためて読み返しています。
私たちが完治するには遺伝子治療しかないのかな?
行きつ戻りつ、しかし人間は確実に進化してきた。

インターネットをやっていない介護者より問い合わせ多し。

2666.介護者と患者の間の中で  
名前:sakura    日付:2006年10月14日(土) 23時15分
友の会の運営は、介護者と患者で運営されているところが多い
ほかの支部ことはよくわからないが、常に介護者に対し気を使う
役員不足だから、やっていただくだけでもありがたい。
何もいわない。私は(感謝する)と(遠慮する)とは、べつだとおもいます。かつて介護者の勢いにおされ、去っていった役員がいます。
現在も役員に名前はつらねていますが、何を言っても役員会に出ようとしません。病歴の浅いわたしが、こんなことを言のは、まだまだ早いかも知れませが、患者会とはなんでしょう?・・・
私も、病気は進行しています。電車に乗るとき足がすくみ、まるで
足から根が生えたように動けないときがあります。そんなとき
気合を入れ(エイコラサと)電車に乗り込んだこともありました。
「好きでやっているんでしょう」とまでいわれて、ちょっぴり
ショック!わが支部の現状を話し、ほかの支部では、どのような
方法で会の運営をしているのか教えてください。よろしくお願いします、



2692.Re: 介護者と患者の間の中で
名前:gori    日付:2006年10月21日(土) 16時17分
大きいことは言えないのですが私の経験談です。
友の会活動は忙しく,大変な作業です。この病気は進行性であり毎年、歳もとります。役員の世代交代も頻繁です。活動は特定の人の善意(ボランティア)に頼ることが多いです。患者だけでは会の運営は難しいと思います。どうしても家族、介護者などの健常者の助けを求めてしまいます。
わたしもそうですが、役員会になかなか出席できません。
役員の中には病気も経験豊な方がいます。そういう方々の知恵をかりながら支部を引っ張って行って下さい。
無理をしないでね。


2709.Re: 介護者と患者の間の中で
名前:mi^-^ko    日付:2006年10月27日(金) 22時0分
私は失敗例です。ノランティアにのっとられたからです。何とかかじゃかいがやっと取り返しかけています本当に患者の心がわかるのは患者でなければわかりません。その心を重んじてくれる介護者を持つには、ヨーク見てくれる介護者でないと、患者はだんだん進行しあっかします。私が友の会に入ったときはまだ元気で。字もかけていました。でも新部長だった方は介護者でパーキンソンのだんなさんを見くびっておられ、そのだんなさんのことお、心配はされておられたのでしょうが、私に対しても『患者に何ができますか?』と威圧的でした。確かに今の私は何もできないです。主人も事務的なことは、不得意なことです。、今の役員に期待したいです。なかなか人は困ったときには連絡してきますが、さて私自身が悪くなったら、連絡がないものです人を気遣う犠牲的な愛Sないとつづきません。がんばってください・、


2756.Re: 介護者と患者の間の中で
名前:sakura    日付:2006年11月18日(土) 0時38分
寒くなってきましたね
今年の冬は、いつになく厳しくなりそうです。
相変わらず、介護者と患者の間で揺れていますが、
患者さんの心に変化がでてきました。自分に出来ること
をしてみようという人が現れました。今までかんがえられ
なかったことです。いつも乗る電車の駅で売店に立ち寄る
買い物をすると、財布ごと預ける。最初は、怪訝そうに
受け取っていたが、今では当然という顔して受け取る。
ある日「方向転換がうまくいかないの」というわたしに
(何の病気?)と聞く。「パーキンソン」と答えるわたし
(わたしのおじさんもそうなんですよ)本当に多いと実感。
介護者と患者と間での葛藤は続いている。患者サイドが、
一言言えば「僻みに」聞こえるし、無償でボランテアして
くれるのだから、ボランテアを大事しろとか、「とりあえず
今は動けるのはあなただけだから」とまでいわれ、飛び回っている
わたしはおお馬鹿者だと思う。それでも、応援してくれる仲間いて
自分の出来ることをしようと動き始めた姿は、わたしにとって
嬉しいことであると同時に「ボランテアに強く出られると
何も言えない弱みがある」という。すきでこの病気になった
わけじゃない。患者会ってなんだろう?ボランテアって何だろう?
Tさんさりげない思いやりありがとう。キムさん絵本の絵の提供
ありがとう。まだまだ病気との付き合いは長い。
(後悔先立たず)といって、励ます母に、親孝行らしきことが
出来ないことが悔やまれる。それを言うと(あんたの病気が
これ以上進まなければ。。。。)

親孝行 あなたが動く 姿見て キッパリという 母の声うれし

ちょっと変かな?
今日も空元気なsakuraでした。

2670.退職する事になりました  
名前:DOG    日付:2006年10月16日(月) 21時15分
 お久しぶりです。皆さんにいろいろご意見をいただいた仕事の件のご報告です。残念ながら、日にちは決まっていませんが、多分本年12月をもって退職する事に決めました、理由は周囲に神経をつかって体調が悪くなってきたこと、多分、薬のせいだと思いますが、ときどき記憶があいまいになる事、膝が悪くなったことなどです。それと、私の直接の上司が会社に私の病気の事をレポートした事により、JAPANに対して権限をもつ東京の支店長にも知れてしまい、私の事についてチームを作ってどのようにするかを決めるようにとのお達しがあったそうです。私のお友達が、私たちの支店の支店長の直属の課にお私の事を聞かれたので、友人であり、直接話を聞いている旨を話したそうです。今は、その彼女を介して、会社と退職金の交渉をしているところです。
 ところで、皆さんの中で保健組合の休職制度を取った方、あるいは現在進行形の方、どのような診断書を書いていただいたのかを教えていただけますか。
 



2672.Re: 退職する事になりました
名前:    日付:2006年10月17日(火) 0時3分
やれやれ、一区切りついたということでしょうか。私の場合を紹介します。健康保険組合の傷病手当を受給してから、会社を退職しました。その間一年半、社会保険を会社に負担してもらいました。退社後、失業保険で300日間受給しました。障害者手帳がありましたので、一身上の理由で退社後、待機期間なしで受給しました。その間年金の準備をしました。がんばってくださいね。


2674.Re: 退職する事になりました
名前:たんぽぽ    日付:2006年10月17日(火) 15時52分
人それぞれの人生、みんなそれぞれだとは思うけど、なんか悪いのはみんなまわりのせいで、自分は被害者で。仕事は辞めても病は抱えて生きていかないというのになんだか大丈夫?と思うのは私だけでしょうか?今からの方が今までよりもっと大変かもしれないよ。            またよけいな事を書きましたが、DOGさんへのエールには間違いないです    がんばりましょう!!


2683.Re: 退職する事になりました
名前:DOG    日付:2006年10月20日(金) 5時14分
たんぽぽさん、メッセージありがとうございます。
おっしゃる通り、私はこの病気の被害者だと思っています。この病気にかからなければ、もっと躊躇なく仕事に立ち向かえたはずだと思っています。この薬漬けになった頭脳は、わたしにぶれた答えしか与えず、年々動かなくなる手足をひきずって、会社ではもうすでに頭数にははいっていても、仕事のなかでは完全にはずされ、悔しいからがんばっても、時間ばっかりかかって、ミスしてしまう。そして、その度毎に取り上げえられる仕事。でも、全部回りが悪いとは一度も言ったことがないと思いますが・・。今の私にはこの道しかありませんでした。


2688.Re: 退職する事になりました
名前:たんぽぽ    日付:2006年10月21日(土) 8時11分
こんな病気にならなかったらあれもこれも自分のほうがうまく出来る。自分がパーキンソン病でなかったらああする。こうするのに思う事はないですか?パーキンソン病になった事で被害者意識があるって事は現実の今、現在の能力を判断するとき、優秀だったころの自分が基準になっていないかな?私の言う回りは人ではありませんよ。


2691.Re: 退職する事になりました
名前:gori    日付:2006年10月21日(土) 15時7分
DOGさん 私は病気のになったことを被害者になった、とは考えません。
事故や災難にあった被害者と同じとは考えられないのです。
被害者には必ずそれを引き起こした犯人と言うか原因があります。ところがこの病気には原因がわかっていません。
誰に文句を言っていいのか解らないのです。
あるがままを受け入れるしかありません。

しつこいようですがこの病気になったから解雇されることはありません。企業にも社会で営む以上、企業責任があります。
DOGさんの身体の状態に仕事を合わせるよう会社は努力すべきです。

もうどうしようもないことですか?


2693.Re: 退職する事になりました
名前:甲斐駒ヶ岳    日付:2006年10月21日(土) 19時9分
DOGさん「たぶん12月・・退職決めました」???辞めるな〜〜!!。
goriさんのRESが正解。自分に出来る仕事(何でも良い!)を今一度、頭下げてでも会社に相談した方が良い・・本当に。
傷病手当・退職金を考え始めると判断を誤る。辞めるな〜〜!!。

日本経済好調な様ですね。厳しいけど就労活動には多少追い風か・・


2712.Re: 退職する事になりました
名前:sakura    日付:2006年10月29日(日) 6時28分
話が良く見えていないのですが、わたしの意見をすこしだけきいてください。辞めたいという理由はなんですか? わたしが考えるには、二つあると思うのです。@プライドが傷つけられたから!A病気の進行の二つです。まったく動けないのなら話は別ですが、退職金を食いつぶして
次のチャンスを待つなんて言っていられないのが、この病気の怖さです
やがて、働きたくても働けないときがきます。多くの若年の患者さんが過酷な条件で働いています。それも生きるため、生活のためです。
わたしは、きつい言い方かも知れませんが(甘えるんじゃない)といいたい。プライドだけでは生きていけない。それでも選択するの自分自身です。病気から逃げられない以上、あくまで決断するのは本人ですが、
「後悔、先にたたず」いいますからね。よくかんがえてください      


2714.Re: 退職する事になりました
名前:Hideki    日付:2006年10月29日(日) 15時46分
私は5年前に会社を辞めました。

自家用車で片道30分の通勤が必要でした。
徐々に悪くなっていくなかで、会社から自家用車使用を実質とめられました。
半年間、妻に送迎してもらいました。妻も会社勤めなのでたいへんだったと
思います。仕事の処理が遅いため時間が不規則でした。これが直接の理由です。

自分の身体の不自由さ、仕事の処理能力の低下、あせり、他人の目、言葉、
辞めたら収入は、生活はどうする、悩みました。減給してもらいそれなりの
仕事をと、会社に相談してもそんな仕事はなし。民間会社は営利第一。

正直、会社をうらみました。こんな病気になったのは会社の仕事で無理をし
過ぎたせいだと。

プライドで辞めたのではありません。どうしようもない。辞める決断には気が
おかしくなる思いでした。確かに妻に甘えているかも、いや甘えています。
でも、この苦しみは個々人でちがいます。特に若年性Pは悪魔に憑かれたよう
です。しかし、今思うに、もっと粘っているべきだったか。

悪魔と共存ではなく、退治したい。


2717.Re: 退職する事になりました
名前:sakura    日付:2006年10月29日(日) 21時50分
わたしは、生意気な言い方かもしれないが、悪魔も天使も
自分の心が作りだすものだと思っています。
悪魔の影で天使が微笑んでいる。悪魔だって(やさしい悪魔)
もいるし、(怖い天使もいる)どうにか働いているが、いつ働けなくなるからない。その時になって後悔だけはしたくない。病気になって
しまったことは仕方ない。けれど、共存することはできる。
なにが言いたいのか分からなくなったのでこの辺で!


2718.Re: 退職する事になりました
名前:たんぽぽ    日付:2006年10月29日(日) 22時43分
パーキンソン病患者の仕事を考える時、薬が効くか効かないかもあるが、薬に対する考え方でその人の発揮出来る能力は変わると思う。気力だけでは出来ないと思います。給料は基本は労働した事への報酬だと思います。賃金をもらうにはそれなりの仕事をこなさないといけないです。仕事の出来る体でいる必要があります。副作用を恐れて薬をすくなく押さえている方もいます。薬にたいしてもひとそれぞれで若い患者には重要なことです。薬がすくないと動きは悪いはずです。DOGさんはどうでしょう?


2719.Re: 退職する事になりました
名前:Hideki    日付:2006年10月30日(月) 15時51分
以前に話題になったかもしれませんが。

友の会に入っていない者が言うのもなんですが、以前、若年性P病患者の在宅
就業について友の会で検討していなかったでしょうか。


2720.Re: 退職する事になりました
名前:gori    日付:2006年10月30日(月) 17時53分
2004年福岡で友の会の全国大会が開催された時パーキンソン病患者(特に若年性)の就労問題がメインテーマでした。この掲示板を創設した目的は福岡大会へ向けての皆様の意見交換の場としたものです。
その当時から在宅のまま仕事が出来ることを目的としていろいろな方法で(文集や講演会)などで議論されてきました。
私自身は友の会の役員でもなく活動も活発ではありませんので友の会の正確な情報は持ち得ません。
関係者に照会したいと思います。
Hidekiさんは具体的にどのようなことを知りたいのでしょうか?


2721.Re: 退職する事になりました
名前:Hideki    日付:2006年10月30日(月) 19時20分
 一般企業に就職困難だが、一日数時間何かできる患者に具体的仕事を
紹介、供給する。少しでも収入を得ることが目的。
(人材派遣の在宅版のようなものです。)

 精神障害者、身体障害者の「授産施設」というのがありますが通所して
の仕事だと思います。障害が固定でなくオンオフ症状があるP病には無理

 以前翻訳をしている方がいましたが、特別の知識、能力が必要ですね。
そして持っていれば自分でできますね。

 考えが甘いと言われそうですが。


2724.Re: 退職する事になりました
名前:DOG    日付:2006年10月31日(火) 5時54分
私の投稿に対して、いろいろご意見をいただきました・・

 @goriさん、甲斐駒ケ岳さんへ
   辞めるなコールをありがとうございます。私の会社は外資で人数もそ    れほでいるわけではないので、人が動くときは必ず交換です。ですから   私の居場所はありません。今の課で、約5年程、上司や同僚に仕事の面   でカバーしてもらいましたが、万策尽きたと言うところでしょうか。私   も辞めたくて辞めるわけではあリません。就業規則も大幅に変更になり
   辞めざるを得ない状況です。去年の暮れあたりから、いろいろな事があ   り、病状も進行しました。新しい部長が会社に対してレポートを提出し
   最後の手段をとりました。私もミスの連続で能力の限界を感じました。
   皆さんがおっしゃるような残れる状況ではないのです。

 Asakuraさんへ
   あなたの今回の投稿に関しては山ほど反論したいことがありますが、こ   の掲示板を長々と私事で使うのも気が引けるので手短に言います。あな
   たは私の何を御存知で、あのようにおっしゃるのでしょうか。「甘える   んじゃない」と言われる所以はありません。私の仕事の世界には、すで   にプライド、共存、天使、悪魔などは存在しませんし、次のチャンスが   ないこともわかっています。もうひとつ。私は辞めたいわけではありま   せん。

 Bたんぽぽさんへ
   薬は1年程前に、この話が上司からでたときに主治医の先生と相談の上   で、量をふやしました。

 

 







   


2731.答え
名前:T    日付:2006年11月2日(木) 1時29分
いい人ぶる気はないが、昨日と今朝と何度も書いては消して書いては消して考えた。
まず、私は皆がDOGさんへ伝えたい気持ち、私も同じ事を前にニュアンスは違うが当初伝えたことがある。なんとかならないか?
私も仕事は辞めるな。良く考えろ。
ずーぅーっとそう励まされ試行錯誤費やした。
周囲は協力的だった。
でも、会社を組織としてみた時、余力はない。人一倍働く器量よしか上司受けが良いか会社として使える人材、役に立つ人材が受け入れられる。情や検診さだけでは生き残れない境遇の会社もあるのです。
だから、DOGさんの悔しい気持ちわかります。
皆の気持ちは答えをだしたDOGさんにとって辛いと思います。

私の会社も同じだからです。
いろんな提案、要求もしました。
しかしその為、私は進行が早く、薬の量を増やす一報です。
先日の事故をきっかけに開き直りました。
すでに来年手術も奨められています。
こんなに急いでいいのか?
答えは自分です。
私も考えた末の答えをだしました。これは来年決定したら報告します。
今はDOGさんが穏便に和解に話が進むように祈ります。
DOGさんも皆この病気と闘いながら苦い経験も受けてきたので心配しているんですってわかってくださいね。
解っているとは思いますが。
おせっかいおばさんでした。


2736.Re: 退職する事になりました
名前:gori    日付:2006年11月2日(木) 17時29分
DOGさん
私が会社を辞めたのは辞めたくて辞めたのではありません。
仕事に追い詰められ自ら辞めるしか解決の方法はなくなったからです。家には学校に通う子供もありとても辞められる状況ではありませんでした。仕事に追い込まれ毎日、日曜休日も無く仕事しても追いつきませんでした。
私は当時を思い返すと悔しいのです。
なぜ会社に病気のことを含めて相談しなかったのかと。
身体はもうとっくに限界を超えていました。楽になりたい楽になりたいという心一心でした。
DOGさんのどうしようもない気持ち痛く感じます。
叫びたい心境です。


2737.Re: 退職する事になりました
名前:DOG    日付:2006年11月3日(金) 5時14分
私も少し熱くなり過ぎたかもしれません。
今日、新しく派遣社員の人が来られました。今までは私の仕事ぶりを派遣社員の人たちに見せないように自分の手元においておきながら、辞めると決まったら今までと違う席へ席替えになりました。昨日まで私の横に机を並べていたのは、私の同級生で人望もあり、仕事もできる人で今週次長になりました。ひとりは次長、ひとりはP病で退職、明暗を分けました。そのとき部長は「よかった、よかった。」と大はしゃぎでした。
 私も仕事が終わらなくて残っていると同じ課でひとり残っていると他から変に思われるので、早く帰ってといつも言われていました。
 きのう、私の上司は会社で近々内装をかえるのですが、 その図面づくりに夢中でこれでよくなったとみんなに見せていましたが、私が横を通っても知らん顔していました。もう全く眼中にないことがよくわかりました。
 なんだか寂しいですね。


2738.こんなのゆるせない
名前:T    日付:2006年11月3日(金) 5時30分
本当酷い上司ですね。腹が立つ!
こんな奴が健康体なのもゆるせない。
DOGさん、これは本当に嫌な空気ですね。
病状に影響でてもおかしくないですよ。
良くこんな人の下で耐えたと思います。


2739.Re: 退職する事になりました
名前:sakura    日付:2006年11月3日(金) 8時14分
おはようございます。
DOGさん、障害者枠で入社でも、つらいものがありますよ、
重要な仕事は、任せてもらえない。なんでこんなことが分からないのだろうと、悔しくて泣いた。(涙の数だけ。。。)始まる歌があるけれど
ながした涙の数だけ強くなれるよ。
がんばろう
これから交流会です。いつかみんなだ交流会したいね


2740.Re: 退職する事になりました
名前:Hideki    日付:2006年11月3日(金) 9時31分
人間不信になったわけではありませんが。

最近のニュースで報道されている、学校の「いじめ」が問題になっています。
学校だけでなく、大人の世界も、社会全体で大なり小なりあります。
弱いものをいじめる心の中の非常さは、誰でも持っているのではないか。
差別問題は、今も昔も変らない。富んだ者は、貧しい者の生活を理解でき
しない。健康な者は、障害者の心を理解できない。

DOGさんの上司の対応は特に酷いと思いますが、営利目的の会社におい
てはこうなると思う。ようはその人の人間性にもよる。

退職時のむなしさ、悔しさ、惨めさ、経験したのでよく分かります。
しかし、私はこれを貴重な経験と受け止めて、以後の人生を変えたい
と思っています。

2722.ひまわり号について  
名前:いまじん    日付:2006年10月31日(火) 2時13分
身体障害者専用列車の、ひまわり号の写真を、撮りました。京都、南山城、奈良、滋賀、大阪、神戸、姫路、北摂、です。ただし阪神と、高槻はありません。又、乙訓と、福知山は、廃止されたので、写真は、頂き物しかありません。トマト鉄道さんは、電車はすきですか、返事ください。いまじんより。

2680.歩行器  
名前:たんぽぽ    日付:2006年10月23日(月) 9時4分
いつだったか、あーもんどさんに会った時、彼女は歩行機を使っていた。「いいよ」と色々説明してくれたのに、まだ必要でないとあいまいに聞いていたように思う。あの時薬が効いていない時の動き悪さを歩行機で補うという発想があったら私はここまで悪くならずすんだかも分からない。あの頃もそれからもまだ自力だけでなんとかしょうとしていたと思う。二日前から必要に迫られて歩行機を使いはじめました。思わぬ効果に驚いています。パーキンソンと言う病気は常識を越える特有な症状があるのは分かっていたはずなのに、あの時、あーもんどさんは階段は持って上がれるしと言った。その時はどういうことなのか全くわからなかった。だけど、歩行機を持っている事が歩き易さのような気がします。これってどういうことなのか分かりませんが、夜中薬が効いていないときトイレにいくのに手摺りを伝い必死の思いでわずか二メートルの距離を30分以上もかかっていたのがスイスイと行ける。それだけでも世界が変わったような気がします。介護保険でレンタル200円くらいです。



2684.Re: 歩行器
名前:あーもんど    日付:2006年10月20日(金) 19時24分
たんぽぽさんに歩行器のことを話したのはいつだったろうか?
歩行器を使って出かけたのは2年前の「すくみ」の座談会だったかな。
あのころはなんとかして歩行器を使って一人で外出できないか、トライしていた。
でもやっぱり安定性のいい歩行器は携帯(持ち運び)に不便で、安定性と携帯性はなかなか両立しない。
つまり倒れにくく信頼できるのは重たくて、階段などを持ち運ぶときと折りたたむときに結構大変。

扱いが楽なキャリーのようなのは安定性はどの程度だろう。
私と同じような症状の人でキャリーを使って電車に乗ってどこへでも出かけている人もいる。

たんぽぽさんは家の中で使っているようだけど、これなら持ち運ぶ必要がないので便利に使えるだろう。

歩行器を使うことで生活が楽になってよかったわね


2689.Re: 歩行機
名前:たんぽぽ    日付:2006年10月21日(土) 9時24分
リハビリの補助具として考えています。歩くと言う動作を正しく体の機能としてインプットするのに良いと思うのです。悪い状態で失敗したことがトラウマになっている事が多々あります。過去にすくみの改善にエレベーターから降りる事が出来ない、自動ドアが入れないなど成功の経験を積み克服しました。今はもっと単純な普通なら考えられないような簡単なところが原因ですくみがひどくなっているような気がしていました。歩き悪いときの動作を器具を使って正しく行うことにも価値があると思います。いろいろな症状があるので一概には言えませんが、手摺りより役にたつと思います。


2690.Re: 歩行機
名前:T    日付:2006年10月21日(土) 11時36分
たんぽぽさんのお話し聞いて歩行機調べました。
車と車なしがありました。
どう違うのですか?

私もすくみ足がが酷く、薬が効いていない夜中は大変です。
でも、気がついたら会社でも無意識に快適に仕事する為に1台自分専用のように台車を使っていることに気がついた。
私のとってこれが歩行機代わり。
スーパーで買い物の時もカート使用することですくみ足ごまかしている。
何気ない生活で代用しているのに意外な盲点でした。


2697.Re: 歩行機
名前:たんぽぽ    日付:2006年10月23日(月) 1時30分
歩行器と言えば病院で患者さんが使う四つの車輪つきの手押し車のようなタイプを想像しますが、私か利用しているのは床に着く所は椅子の足みたいになっています。両脇を持つようになっています。移動は持ち上げて歩幅の二歩先に着きます。自分のペースで自分で移動させながら進めるし、手摺りはあるところまでいかなくては利用できませんがこれなら引き寄せることができます。アルミ製で軽いです。金曜日は保健所の難病相談会に持って行き、神経内科の先生や保健婦さんに私の様子を見てもらいました。丁度薬の効きの悪い時でした。方向転換をするのに使う時のと使わない時のあまりの動きの違いに保健婦さんが驚いて私より先になぜですかと先生に聞かれました。先生は安心感と安定感。それと歩くことを思い出すきっかけに成るのかもしれないといわれました。発病から年数が長くなると忘れるというか、頭でも思い出すまで時間がかかるそうです。歩くのはどういう動作なのか歩行器が思い出すきっかけになるのでは?
もうひとつ、おもしろい話がありました。パーキンソン病の痴呆は完全に忘れてしまっているわけではなく記憶をしまった引き出しを忘れるのだそうです

2646.メッセンジャー  
名前:yuiko    日付:2006年10月3日(火) 9時28分
お久しぶりです!
小学4年生の時に発祥してもう8年目になる
只今現役高校3年生のyuikoです!
もーすぐ専門学校の出願日です!
最近本当にこの進路でやっていけるかすごく不安です・・・
3年間ちゃんといけるかな・・・・
やっぱ3年だとカリキュラムがぎっしっりで・・・
4年生の学校内か最近探し始めてるんです
おそいですよね・・・トホホ;;
同じ病院に通院してる同じ病気のお姉さんに相談しまくってます。
いつもありがとうございます('v`@)

やっぱり相談できる人が出来るっていいですよね!
もっと同じ病気のいろんな人と話してみたいです!
私MSNのメッセンジャーとか言うの持ってるんですけど
誰か持ってませんか?
メッセンジャーって遠くの人ともすぐ話せるからいいんですよねーヾ('v`@)ノ



2648.Re: メッセンジャー
名前:gori    日付:2006年10月5日(木) 22時29分
進路を決めるの大変ですね。メッセンジャーは数社のものを使っています。複数の人たちとも話せるものがありますね。自分の機器環境にあわせて使用するのがいいでしょう。テレビ電話というところですかね?
yuikoちゃんが不安に思うことへ答えは書けないけれど、応援しています。頑張ってください。


2649.Re: メッセンジャー
名前:ハトポッポ    日付:2006年10月5日(木) 23時7分
私もメッセンジャーは使っています。

yuikoさんの進路については、「思いっきり頑張ってごらん。」といいたいのが半分、「でも自分の体のことを考えて無理をしないように。」といいたいのが後の半分。

私は私なりに生きてきたけれど、PD患者だからといってひとつの生き方しかないとは思わないから。

でももし困った事があったらいつでも相談に乗るからね。


2679.夫の本音
名前:新たな自分    日付:2006年10月19日(木) 8時53分
私は夜になると体の動きが鈍る。私は、動けないなら動けないなりに自分のペースで家事をやっている。夕飯の洗い物の洗わないで朝とかにまわしている。。買い物のも、生協を利用している。荷物が多いと上手に歩けないのがわかるし、パートで働いてその帰りにスーパーによる余裕ある体は私にはないと思う。夫と子どもが義母の家で、ごはんを食べて、子どもがおいしいーおいしいーっと言ってた。俺は、考えものだと思う
お前のは、そんなおいしいと思わない。私も昔のように初めから作らずどの主婦だって手軽に楽にと考えないでしょうか。冷凍食品や良いものがいっぱいでている。そういうやり方の食事が気に入らない。わたしは、掃除、洗濯、食事、子どもの世話、そしてパート。どうにか工夫してやっている。すべて完璧なんて無理。ましてこの体。夫は、帰りが遅い、ただ家と会社の往復。なんか、頑張ってた自分がバカみたいです。


2685.Re: メッセンジャー
名前:T.Koga    日付:2006年10月20日(金) 20時22分
 yuikoさん、未だお若いのに大変ですね。私もmsnメッセンジャーを使ってます。Windows Live Messengerに最近バージョンアップしてますね。goriさん同様、相手に合わせて他にもSkype(スカイプ)やYahooメッセンジャーも使います。
 進路を決めるのは本当に悩むことでしょう。私はもう30数年前になりますが、大学卒業後就職した会社を2年で悩んだ末辞めるという失敗をしました。病気になる前のことですが。ここならばと思って入った会社だったのですが、やはり入ってみないとわからないこともあって選択も難しいです。
 まだ若いからやり直しがききます。まずは自分が行きたい方向へ行ってみるのもいいでしょう。後悔のない選択をしてください。

2681.季節は変わり  
名前:sakura    日付:2006年10月19日(木) 21時6分
もうすぐ私の誕生日が来る。またひとつ歳を重ねる。
今は、日々の生活に追われて時を過ごしている。
そんな生活の中で、自分なりの夢や憧れを捨てきれないでいる。
「なにそんなに急いでいるの?」といわれたことがある。
時間ができたら、お金ができたら、すべて準備が整ってから
なんていっていたら何もすることはできない。
立ち止まったら、一歩踏み出すのに時間がかかる。
やれるときが適齢期。時は待ってはくれない。病気の進行も
待ってはくれない。最近いつもと違う日がえり温泉にいって
きました。カラオケの好きな私は、ステージで歌うため
歌の申し込みをしました。なんと順番を待っているうちに
薬が切れてしまい歌う番が回ってきたときは、ギクシャク
歩き、周囲の驚いた顔を横目に4曲熱唱してしまいました。
この病気から、勇気をいただいたような気分です。
それくらい消極的で根暗なひとでした。新たな自分を発見した
ような気持ちでいっぱいです。
新たな自分を知ることにより、これまでと違った世界も
見えてくる。
ある患者さんが「この病気になったのが子供でもなく親でもなく
私でよかったと」と言い切って明るく生きているおかあさん
80歳のおじいさんは。短歌に、カラオケに、人生を限られた
なかで楽しんでいる。
最後に、母のきついパンチ「どこに行こうが、かまわないけれど
自分の骨は自分で拾うように」と!
愛情のこもったパンチをこころに刻み、ゆっくりでもいいから歩き
つづけたいとおもいます。



2682.Re: 季節は変わり
名前:T    日付:2006年10月20日(金) 0時25分
いつもパワフルな行動力のsakuraさん。元気の源はきっとお母さんだと思う。活!入れてくれる一言。楽しみにしている自分に気がついた。
お会いした事ないですが、私はsakura さんのお母さんの密かなファンですよ。

2673.追伸  
名前:DOG    日付:2006年10月17日(火) 3時53分
すぐ、このような失敗をしてしまいます。
先程の{{untitled}は、Tさんへのメッセージでした、
最近、お名前を見かけませんので・・・。



2678.Re: 追伸
名前:T    日付:2006年10月18日(水) 20時31分
こんばんわ。
時間は私に猶予を与えてはくれません。
自分の事しか考える事しか出来ませんでした。心配していただきありがとうございます。
DOGさんも大変だったのが伺えます。良い情報源が会社の同僚にいるのは良かったですね。一人で戦うには辛いですよ。
ストレスは体調を悪化させますから、これで最後と割り切り交渉を楽しんでください。交渉はひるんだり、躊躇したら負けです。
特に外資といっても日本設立の会社ですか?
日本で営業している限り、日本の雇用条件労務倫理が理念より権限持っています。弁護士さんも付いているようなので大丈夫とは思いますが、書いているうちにおせっかいなおばちゃん気質がムクムクと湧いてきました。
ここで勝ち取った条件は次の自分の自信へ繋がるはずです。出来る事をひとつずつクリアーして行きましょう。
諦めないでください。
そしてDOGさんの努力はここでの皆の自信にも繋がります。
って言ったらプレッシャーですか?
結果はどうあれやり遂げてください。結果聞かせてくれるの待ってます。

さて私事ですが、ここんところ薬の効きが悪くこの1ヶ月半は必死で仕事をこなし、休みは月1の病院通いに残務整理を行い、月に2回は入院中の母の世話とヘルパーに世話になっている父の様子通い。
一人暮らしでもゴミは出るし、洗濯掃除。
それに事故処理・・・。
体、休む暇ない生活を1ヶ月半していました。
季節の変わり目もあり、気管支炎まで起こしてしまいました。
もともと運気が下がると悪運強く、急死に一生のような経験は憑き物。
信じる方ではない現実主義者の私だが、このなるとお手上げ。
ひたすら、大波が引くのを待つしかありません。

この1ヶ月半は考える暇なく、感情のままに生活してきました。仕事への意欲は決して失っていない。只、最近薬が効かずに動けない自分が悔しくて両親の事を理由に仕事を辞める事ばかり考えてました。
一番理解と権限を持つ上司に1人だけに、春までに今の体調も含め現状の進行が見られるようであれば辞めますとはっきり伝えました。
この話がきっかけで運気が変わり始め上昇しているかわかりませんが、やっと波が引き始めました。
母の退院も目処がつきはじめた。/年内
今日事故処理完了のはがきも届いた。/車購入思案中。周囲は賛否両論
薬も悩んだ末、増やした。/調整中、良くわからない
主治医から今後の治療方法の話も出てきた。/手術来年早々に薦められた
会社との話し合いも再開した。/期限を決めることで自分にけじめを付けたつもりでしたが今の私を上司が分析してくれました。今起きている物事をひとつひとつ整理し、ひとつ家族クリアと病気クリアと考えるべき。そして最後に仕事の答えを考えろと。
一緒に考えた方が逃げ道で楽だったから、見透かされて痛いです。
そしてこの上司の上の上といくとは外人上司ばかりです。だから、DOGさんの気持ちわかります。明日は我が身です。
私も逃げるの辞めなくては。後悔しない結果だしたいです。
と昨今のTでした。

2665.自動車免許書の書き換えについて  
名前:いわし    日付:2006年10月14日(土) 13時55分
今年は自動車の免許書の書き換えが来ても更新はしないつもりでした。
理由は再手術以来かれこれ5年間ぐらい運転をしていないため自信がないから。
事故を起こしたらとても責任が取れないから。以上の理由からもう免許書は持たないことにしようと思いました。実際のところブレーキのフミ込みが甘くなりかけのときがあった。(そのときは事故にはならなかったけれどもかなり危なかった)得に薬の切れかけのときが一番危ない。
運動能力が低下しているときだから今起こっていることに対する適応能力に問題ありの状態になってしまうから。家族ももうやめたらともいうのでまだ未練があったけれどもどうせ運転はしないから言いやあと思ったりしてね。現在50歳ヤール3、障害手帳2級です。主治医は名古屋のH町クリニックのH・優子先生です。先生も事故に遭いかけたならば辞めといたらいかがですか?薬が効かないときがあるならば特にそう思いますが。最終的にはご本人の気持ちしだいですけれども。といわれてしまいました。その本人の気持ちは揺れてました。しかし家族のことを考えると無理は言えませんし、本当に車に乗らないのですからなくてもいいやと思いました。それで更新は取りやめました。本当は近くの派出所では更新お受付はできないといわれてしまったのです。愛知県の平針
試験場の難病相談所に言ってくださいといわれてしまったのが少しショックでしたのが本当のとこの気持ちです。



2677.Re: 自動車免許書の書き換えについて
名前:gori    日付:2006年10月18日(水) 16時28分
私もこの病気になって苦労して取った免許を返す(更新をしない)時、何というか、表現しがたい想いになりました。これで最後の運転となる日、深夜でしたが車を止めたときさびしかったですね。
私はこの病気に30年付き合っています。その長い間経過した結果です。
この病気は個人差がひどく一人一人、進行の程度が違います。誰しもが免許証を返すときが来るのではありません。そういうときが来ないように病気とうまく付き合っていきましょう。

2671.(untitled)  
名前:DOG    日付:2006年10月16日(月) 21時33分
追伸:どうしていますか.お元気ですか。 

2653.PDの釣り  
名前:gori    日付:2006年10月9日(月) 22時59分
長崎県の大村湾で釣りをしました。私自身の釣り上げたものはフグ一匹のみ。釣竿を用意してもらいましたが餌をつけている間に釣り糸がからまり、それを解きほぐすのに時間をとられてしまう。そういう1日でした。
他の人たちの釣果としてはチヌ、スズキ、タイ、タコなどです。
今日は天気がよかった。湾に突き出た防波堤の上で、透き通った海を見ているだけでも楽しくなってくる。
PDの理解者との釣りでした。
私はお魚とチエ比べする前の段階から進めませんでした。ジスキネジアが出ては海辺に立つと転落のしそうです。
釣りに気構えしすぎたようです。でも気持ちが晴れ、清々しくなりました。



2662.Re: PDの釣り
名前:    日付:2006年10月14日(土) 9時13分
釣り、楽しそうですね。私の父も自分で船を持って、毎日のようではなく、ほんとに毎日沖釣りをしています。何かあると、「漁師はなあ〜、早くご飯を食べるんだぞ。」とか言っています。あんたは漁師ではないでしょうに、と言いたいのですが。ほうっておきましょう状態です。前に港の中ですが船から海へおちたそうです。船から海におちたばあい、絶対に船には自力では上がれないそうです。しょうがないので、落ちた対岸壁まで泳ぎ助けを待ったとそうです。
 堤防釣りだと、小走り突進でさようならドボンって感じがします。

EZBBS.NET produced by Inside Web